2020.03.02
にっぽん再発見
「墨」で書く文字

さまざまな筆記具がある中で、今、「墨」で書くとはどういうことなのか。書道家の髙橋古都(たかはしこと)先生にお話を伺いました。
豊かな表現を生む墨
日常的に墨が身近にある書道家・髙橋古都先生、墨に対する情熱は相当なもの。
「良い墨に出会うと、筆の運びが良いのはもちろん、精神が高揚します。その分、良い作品が書けますよ。墨は年月を経て枯れさせるほどに、良い品になります。材料も作り方も同じなのに、筆を走らせた時の感覚や色が全く異なるのですから面白いですね」。
これは市販の墨汁では味わえない感覚だと言います。
実際、古都先生が教えている生徒さんの中にも、墨を擦る余裕がないから墨汁を使っても良いかと尋ねる人が多いそうです。
「まず手軽に始める時には墨汁でも良いのです。墨汁にも良さがあって、たくさん書けるでしょ? ただ書の道に入った場合に、墨を擦って書くと筆の運びが違いますよ」。
そう言われて実際に書き比べてみた生徒さんは、必ず固形墨の方が書きやすかったと納得するそうです。

相手のことを考えながらゆっくりと時間をかけて墨を擦ることで、文字に何より気持ちが込められます。
相手を思いながら墨を擦る
「墨はまるで金を擦るかのごとく大切に擦ります。精神統一をして、手紙の構成を考えながら擦る時間は贅沢ですよ」。古都先生はそう教えてくださいました。
そして、墨で書くからには、途中一文字も間違えられない。最後になって間違えても書き直しになってしまうからこそ、渾身の気合も込められるのです。
墨の需要が右肩下がりの昨今。もし、外国産の安価な墨や墨汁だけが残り、日本の墨がなくなってしまったら……。
長い歴史の中で大切にされてきた〝墨が心に与えてくれるもの〟まで置いてきぼりになってしまう気がします。
だからこそ、日本が誇る墨文化を守りたいと願うのです。

それぞれ書いた人の個性や思いが墨の文字として現れます。誰にもまねできない世界に一枚だけの手紙です。
取材を終えて
小学生の時に触れて以来、墨との関わりが全くなかった私。しかし、今回の取材を経て墨に対するイメージはガラリと変わりました。
書く人の気持ちを、手紙や書画として受け手に伝えることができるとわかった今、さっそく大切な人へ向けて墨を擦って手紙をしたためてみたくなりました。
そうすればスマートフォンやパソコンでメッセージを送った時とは違う反応がきっと返ってくるはずです。
相手のことを思い、自分の字で自分の表現で気持ちを伝えることで、自らの気持ちも明らかになりますし、心も豊かになるのではと感じました。
(だんらん編集部/木村 結)
<2019年 新春号 Vol.43 7〜8ページ掲載>