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日本のあかり ~陰翳(いんえい)の美しさを知る~

昔の日本の夜はもっと暗く、人々はほのかなあかりや陰に、美や安らぎを見出してきました。そんな伝統的な「日本のあかり」文化に少し触れてみませんか?

私たちのあかり

今、私たちはあふれるほどの明るさの中で暮らしています。

家の中はスイッチ一つで一瞬にして部屋のすみずみまで光が行き渡り、夜の街も煌煌と照らされて明るく、とても便利。そして安全です。

けれど、まばゆいばかりの明るさは、一方で、夜と昼の境目をなくし、闇の存在を忘れさせてしまいます。


作家・谷崎潤一郎は1930年代に書いた随筆『陰翳礼讃(いんえいらいさん)』の中で、朧(おぼろ)なあかりによって生じる陰翳の濃淡の作用にこそ美があるとし、照明で明るくなりすぎた日本を嘆いています

それから80年以上……。夜の明るさにすっかり慣れてしまった今の私たちは、その昔の人々が大切にしてきた日本のあかりの美しさと心地よさを、感じとれているでしょうか。



“火”の登場は、人々が自分たちであかりをコントロールするはじまりでした。

昔のあかりと、その美しさ

さかのぼって、はるか昔。夜を明るく照らすのは空に輝く月や星のあかりだけ。そこで私たちの祖先があかりとして使ったのが「たき火」です。

人類が火をおこして使うようになったのは、今から数十万年前頃とか。はじめは襲ってくる動物を撃退するための武器だった火は、その後、あかりとして重要な役目を担うことになるのです。


何かを燃やした「火」をあかりとして使う生活は、19世紀、白熱電球が発明されるまでずっと続いていました。

人類の長い歴史のほとんどは、夜の暮らしを火に頼っていたのです。


さらに、日本人は昔から、四季の移り変わりにともなう自然の変化を暮らしに取り入れることが好きでした。

あかりについても「月あかり」「星あかり」「雪あかり」などの言葉が。滲んだあかりと翳りが織りなす濃淡の世界に、日本人は情緒を感じとっていたのです。

はっきりさせることを好まない──。

それは、角が立たないよう曖昧に表現するといった、日本人の精神性にも重なっているのかもしれません。



雪あかりに集う人たちの灯火。これもまた、日本人の心にふれる、あかり風景です。

私たちにとってのあかり

かつて、照明が発達しておらず、夜がもっと暗かった時代、家族は日が暮れると、あかりのある一つの場所に集まりました。

そして、顔を寄せあい言葉を交わしたり、月あかりに揺れる草花の、昼間とは違う影を帯びた美しさに目を奪われたりしながら時間を過ごしました。

子どもたちは、あかりの届かない闇や蔭に想像力をふくらませていたかもしれません。


現代のあかりは、夜も昼と同じように私たちの暮らしを明るく照らし、おかげで時間を忘れて活動的に動くこともできます。

その一方で、何もかもを見せてしまう明るさは、もしかしたら、何かを見えなくさせているかもしれません。


陰翳に美を見出し価値を置いてきた日本のあかり文化。そんな日本人独自のあかりのとらえ方を、現代の暮らしに沿わせながら、活かしてみましょう。

あかりのたのしみ方が広がれば、夜の過ごし方も変わり、夜がいっそう素敵な時間になることでしょう。


<2013年 秋・冬号 Vol.22 7-12ページ掲載>

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