2019.08.09

ふるさと風景

涼を感じて夏風に揺れる江戸風鈴

江戸風鈴の「篠原風鈴本舗」3代目、篠原裕(しのはらゆたか)さん。夏の伝統を守り続けています。

夏の訪れとともに

季節感がなくなったと言われる昨今ですが、それでも夏が来ると、風鈴を軒下に吊して夏支度、という家もあります。

ある人は、通りを歩いている時、どこからか聞こえてきた心地よい風鈴の音に、「ああ、もうそんな季節なんだ」と夏の訪れを感じたと。


冷房に窓を閉め切ったり、音の問題もあるなどして、以前ほどには見かけなくなりました。

とはいえ、私たち日本人は風鈴の音色に、風鈴のある風景に、心いやされ、懐かしさや味わい深い夏の情緒を感じます。

そんな風鈴も、古くルーツをたどれば、実は「夏」や「涼」とは関係のない使い方だったようです。


平安・鎌倉時代、貴族たちが、疫病神が家の中に入らないよう、厄除けのために自分の屋敷に吊り下げたそうです。

その後、時代の流れの中で、意味あいがしだいに薄れ、現在のように、夏の季節を涼むためのものとなっていったようです。

見た目も涼しげなガラスの風鈴が登場するのは江戸時代。江戸末期から明治にかけて、庶民の間に広まり、夏の風物詩として定着していきました。

天秤棒いっぱいに風鈴を吊し、重なりあう音を響かせながら売り歩く行商人の姿は、夏の江戸ではおなじみの風景でもあったでしょう。




江戸風鈴はその涼やかさとは逆に、約1300℃の炉で熱せられ加工されます。美しい音色は、ギザギザの切り口にこすれることで生まれます。

つくり続けて100年。篠原風鈴本舗を訪ねて

東京都江戸川区にある「篠原風鈴本舗」は創業以来、昔ながらの吹きガラスの方法を守りながら、手づくりの江戸風鈴をつくり続けています。この日は、3代目の篠原裕さん(63歳)が作業場を案内してくれました。

真っ赤に燃えさかる炉は約1300℃。埋め込まれた坩堝の中に溶けるガラスを、〝とも竿〟というガラス棒で巻き取り、吹いてふくらまします。

空中に浮かしたまま息を吹き込み、形を整えてつくるこの製法は「宙吹き」という伝統の技法で、江戸風鈴はすべてこの方法でつくられています。

風鈴の形になるまで、わずか1分少々。この道40年の裕さんが熟練の手ワザ、絶妙な呼吸のタイミングで、あっという間に美しいガラス玉の形に変えていきます。

冷えて触れられるようになったら、ガラス玉の口の部分を刃物で切り落とします。

音色の美しさにつながる江戸風鈴の特徴が、ガラス玉の切り口の部分を磨かず、ギザギザした感触をあえてそのまま残していること。

手づくりの江戸風鈴は一つひとつ音が違います。高い音、低い音。かたい音、やわらかい音……。音の違いを聴き比べ、好みの音を見つける楽しさも、魅力の一つです。




風鈴は音だけでなく絵柄も楽しむもの。江戸時代から伝わる主流の色は、魔除けを意味する赤。

この夏を風鈴で楽しむ

「篠原風鈴本舗」は2代目の儀治(よしはる)さん夫婦、3代目の裕さん夫婦、そして裕さんの娘さんたち、お弟子さんとで風鈴づくりにかかわる職人一家。

ガラスを吹いて形をつくるのが男性陣。女性たちが絵付けを担当します。

昔ながらの技法を守りつつ、時代に合わせたプラスアルファの創意も重ねる。そして、家族で目を行き届かせあいながらつくっていると知ったからでしょうか。

目にする風鈴のどれもが、愛らしく、あたたかみがにじみ出ているように感じられます。

風鈴を風にそよがせ、鳴る音に耳をすましていると、江戸時代の人たちも同じこの音に聴きほれていたんだなと楽しい想像がわいてきます。

江戸だけではありません。そういえば、ふるさとの夏にも、セミの声や花火の音とともに、いつも風鈴の音があったなあと思い出されて……。

片手に乗るほどの小さな風鈴ですが、夏のしつらえに加えてみれば、涼気とともに、いくつものお楽しみが増えるかもしれません。この夏、その魅力にふれてみてはいかが?


<2013年 夏号 Vol.21 1-6ページ掲載>




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