2017.12.07

ふるさと風景

吊るす、干す、にっぽんの冬支度

トラックいっぱいの柿、これから剥くのだと岡本恵美子(おかもとえみこ)さん。冬でも笑顔があったかい。

山風に吊るす正月飾り

 柿、柿、柿。快晴の空の下どこまでも続く橙色。そろばんの玉の様に行儀よく並ぶ干し柿は、和歌山県かつらぎ町の名物、「串柿」だ。10月から作られ始める串柿は、鏡餅に乗せる伝統的な正月飾りとして、やがて日本各地へ出荷されていく。
 標高300~500mに点在し、茅葺屋根が残るこの美しい山里は、霧に被われることが少なく、和泉山脈を越えて乾いた北風が吹きぬける。カラッとした風に吹かれ、町を歩くと、トラックの荷台を柿でいっぱいにした名物おばあちゃん、岡本恵美子さんに会った。
 「昔は一晩中柿を剥いたものよ。名人と言われた母なんて、放り投げた柿が手に落ちる前に、もう片方の手で柿を剥き終わるくらいでね」と、話に聞き入れば、居合わせた男性が「もののたとえで……」と、小声で教えてくれた。眠い夜なべ仕事の楽しみは、柿を囲み皆でするおしゃべりだったらしく、かつらぎ町の女性は明るく話が上手い。つい、恵美子おばあちゃんに乗せられてしまったようだ。

「止め腹」の鮭を吊るすのは、加藤後清(やとうごきよし)さん。彼の家の軒先に下がる鮭の量も見事だ。

海風が揺らす冬の楽しみ

 同じ風も、ところ変われば全く違う様相を見せるのだから、日本の自然は表情豊かだ。新潟県の村上市では、日本海から豪雪を降らす低温多湿な風が吹く。世界で最も古くに、鮭の種川(上り鮭漁における自然増殖を促す施設のある川)を始めたと記録が残るこの地にとって、鮭はなじみが深い魚だ。
 見事な塩引き鮭を吊るす軒先から出てきたのは八藤後清さん。「種川になった三面川は昔からよく遊んだ川だよ、この町にとって鮭は当たり前の魚だね」と話してくれた。城下町の名残が残る街道をゆけば、軒先から氷柱のように立派な鮭が吊るされている。中には切り開いた腹の中心が繋がったものもあるが、これは武家の風習で、切腹を嫌い「止め腹」という切り方をしているのだそうだ。
 それにしても5kg近くの鮭を揺らす風が力強い。塩引き鮭の発酵熟成のために、身は乾きすぎてもいけないらしい。適度に湿った海風が、この地の恵みを甘くする。

笑顔を見せるのは隆正(たかまさ)さんのお義父さん。忙しいこの時期は家族総出で収穫作業を行う。

陽光に干す蜜大根

 吊るす、干す冬支度には、風に加えて豊かな陽射しも欠かせない。全国的に日照時間が長いことで知られる宮崎県では、霧島山脈より寒風が吹く頃、畑には見事な大根やぐらが姿を現す。
 歩いてやぐらに近づくと、農家である甲斐さん親子が、丁度大根を干す作業を行っていた。ラジオから流れるクラシック音楽に合わせて、足取り軽くやぐらに登っては、次々と大量の大根を干していく。
 近くの畑に向かえば、専用のトラクターで大根を収穫している甲斐隆正さんと隆正さんのお義父さんの姿を見つけた。
 聞けば隆正さんは婿養子として大根農家になったのだとか。「奥さんとはガソリンスタンドで知り合ったの。働いてる姿が可愛くってね。おれの家族は農家なんて大変だよって止めたけど、惚れた弱みだから仕方ない(笑)」と、冬のさなか汗をぬぐう。
 収穫後、泥だらけの大根をよく洗えば色白の美人が顔を見せた。荷台に積み終え、奥さんの憲子さんが帽子を脱いで隆正さんに合図を送る。どこかほっとした表情で、可愛らしい笑顔を見せる彼女に、隆正さんの気持ちがわかるような気がした。
 気候条件が良く、長く干した大根は、切り口から蜜が滴るほどの甘い大根になるのだそうで、その後県内で加工され美味しい漬物ができあがる。

 各地の特産品を育む土と、風や陽射しが合わさり冬支度は進む。吊るし、干され、連なる食物を見ると、豊かでどこか満たされるような不思議な幸福感を覚える。それは実りに対する感謝であり、その地の自然に対する敬意を持つ、日本人ならではの感覚なのかもしれない。


<2017年 秋・冬号 Vol.38 2-6ページ掲載>

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